2010年02月06日

なおみちゃん カルクノンフィクション

それは、早朝野球を終え、環八沿いのファミレスで若いメンバー達とモーニングを食べながらの会話の最中だった。

修行中の店は、野球熱の凄い店であった。

ミスターと同年代のマスターは、ジャイアンツ命であったし、ジャイアンツ初の外人選手であったジョンソンの通訳をされていた田沼さんも常連であった関係で、ジョンソン以来の外人選手も来店していた。

学生時代にアルバイトしていた頃にもチームを作り、試合をやったことがあったが、散々な結果であったと記憶している。

ただ、試合の日に張り切ったマスターが、これでもかというほどにサンドイッチやらおにぎりを作り、ピクニックさながらの情景であったことは、欠けてしまったピース抜きにも想い出は甦る。

サラリーマン生活を経て、修行生活にはいると、バイト生達は高校野球経験者達が中心となっていて、地区では恐れられるほどの野球チームとなっていた。

ただ早朝の試合となると、店のメンバーだけでは足りないので、あらゆるツテを頼りにメンバーが掻き集められる。

そんなチームに、なおみちゃんはマネージャーとしてやってきてくれてた。

担当はもっぱらスコアブックをつける事。

アマチュアの趣味でやってる早朝野球とはいえ、年末の忘年会にはそのスコアブックを基にマスター表彰がある。

これがまた一年の試合を振り返った時に様々なシーンを思い起こす貴重な資料となるのだ。

なおみちゃんは、東京のお店が改装期間に私が働いていた渋谷スペイン坂のパブで働いていた女の子である。

200人ぐらいが収容できようかというそのパブはともかく愉しい面子が揃っていた。

日替わりでやってくるバイトの子達は余り憶えてないが、常駐する厨房内の面々やマネージャー達とは、始発の井の頭線を待つ間語り合った。

センター街にはまだチーマーの姿がない時代である。

お店の改装が終わり、新装開店を待つばかりになった時期に私は結婚をした。

そこらへんの経緯はいずれまたカミサンの許可をもらった上で書くことにする。

4ヶ月ほどを深い厨房経験をさせていただいたパブを辞したと同じ頃、さほど話し込んだりもしたことがなかった準社員だったなおみちゃんに、早朝野球のことやらを話すと意外な食いつきでバイト生であった駒大の学生と見学に行きます、という返事があった。

なおみちゃんの容姿に触れてなかったので、ここで思い出の画像を手繰り寄せながら書き留めておく。

身長は、150㎝の半ばであろうか。

体型は華奢という感じではないにせよスリム。

どんなファッションも似合いそうな感じ。

肝心の?お顔はカワイイ!!!

ちょっと具体性に欠けてるか・・・。

髪の毛はショートで、当時はまだ染めるなんてことが当たり前になっていなかったから、あくまで黒髪。

前髪が少しばかりクルンと上向きに巻いてたかな?

いつも笑っているかのような眼は、会話の際にしっかりと相手の表情を見据えてぱっちりと開かれている。

小ぶりな鼻もすっと尖って、鼻穴は私のようなモンゴロイドと違う縦穴である。

唇も薄からず厚からず、彼女の唇にもし私の唇が被さったとしたら、それはもう餌を飲み込まんとするナマズを連想させるようなもので・・・。

とにかく、誰の評価を待つことなくカワイイ女の子だという話だ。


この記事を書き出し始めた一件は、慎重に書き綴っていくことにする。

今の私に、記憶を記録する術がじゃん公しかないのだ。

こんな時間になってしまったし、コメントへの返礼もしてない。

ただ、本日読了した松山猛さんの本を読みながら、映画”パッチギ”の事、”イムジン河”の事に思いを巡らせてているうちに、なおみちゃんの事を何処かに書き記しておきたいという念にかられた。

続きを書くかどうかは解らない。

ご理解いただける方は、オヤジのつぶやきを焼酎酌み交わしながら聴いて下さいまし。



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