2010年02月07日

劇団イヌヒトリ・・・ロッキン調査団

かねてより一人芝居ではないか?という疑念を多くのじゃん公ブロガーの方々が抱いていた劇団イヌヒトリ。


柳通りを越え、城東中の向こうに弧を描く道の上のレストランで起こった事件。

略して、柳城弧事件・・・くっ、苦しい~・・・

数々の自爆であったにもかかわらず、

「いやあ、爆死っすよ、しかけるのはいつも向こうなんすけどね・・・」

多くの人々が、その言葉を疑っていた。

その昔からイヌヒトリが、

「僕は一途っすよ!こと恋愛は不拡大ですから」

と言う言葉を、はなっから信用してないロッキンを中心とする酷連メンバーが集結し調査することになった。





・・・おいっ!この話の顛末どうつけるよ????

  

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2010年02月06日

なおみちゃん カルクノンフィクション

それは、早朝野球を終え、環八沿いのファミレスで若いメンバー達とモーニングを食べながらの会話の最中だった。

修行中の店は、野球熱の凄い店であった。

ミスターと同年代のマスターは、ジャイアンツ命であったし、ジャイアンツ初の外人選手であったジョンソンの通訳をされていた田沼さんも常連であった関係で、ジョンソン以来の外人選手も来店していた。

学生時代にアルバイトしていた頃にもチームを作り、試合をやったことがあったが、散々な結果であったと記憶している。

ただ、試合の日に張り切ったマスターが、これでもかというほどにサンドイッチやらおにぎりを作り、ピクニックさながらの情景であったことは、欠けてしまったピース抜きにも想い出は甦る。

サラリーマン生活を経て、修行生活にはいると、バイト生達は高校野球経験者達が中心となっていて、地区では恐れられるほどの野球チームとなっていた。

ただ早朝の試合となると、店のメンバーだけでは足りないので、あらゆるツテを頼りにメンバーが掻き集められる。

そんなチームに、なおみちゃんはマネージャーとしてやってきてくれてた。

担当はもっぱらスコアブックをつける事。

アマチュアの趣味でやってる早朝野球とはいえ、年末の忘年会にはそのスコアブックを基にマスター表彰がある。

これがまた一年の試合を振り返った時に様々なシーンを思い起こす貴重な資料となるのだ。

なおみちゃんは、東京のお店が改装期間に私が働いていた渋谷スペイン坂のパブで働いていた女の子である。

200人ぐらいが収容できようかというそのパブはともかく愉しい面子が揃っていた。

日替わりでやってくるバイトの子達は余り憶えてないが、常駐する厨房内の面々やマネージャー達とは、始発の井の頭線を待つ間語り合った。

センター街にはまだチーマーの姿がない時代である。

お店の改装が終わり、新装開店を待つばかりになった時期に私は結婚をした。

そこらへんの経緯はいずれまたカミサンの許可をもらった上で書くことにする。

4ヶ月ほどを深い厨房経験をさせていただいたパブを辞したと同じ頃、さほど話し込んだりもしたことがなかった準社員だったなおみちゃんに、早朝野球のことやらを話すと意外な食いつきでバイト生であった駒大の学生と見学に行きます、という返事があった。

なおみちゃんの容姿に触れてなかったので、ここで思い出の画像を手繰り寄せながら書き留めておく。

身長は、150㎝の半ばであろうか。

体型は華奢という感じではないにせよスリム。

どんなファッションも似合いそうな感じ。

肝心の?お顔はカワイイ!!!

ちょっと具体性に欠けてるか・・・。

髪の毛はショートで、当時はまだ染めるなんてことが当たり前になっていなかったから、あくまで黒髪。

前髪が少しばかりクルンと上向きに巻いてたかな?

いつも笑っているかのような眼は、会話の際にしっかりと相手の表情を見据えてぱっちりと開かれている。

小ぶりな鼻もすっと尖って、鼻穴は私のようなモンゴロイドと違う縦穴である。

唇も薄からず厚からず、彼女の唇にもし私の唇が被さったとしたら、それはもう餌を飲み込まんとするナマズを連想させるようなもので・・・。

とにかく、誰の評価を待つことなくカワイイ女の子だという話だ。


この記事を書き出し始めた一件は、慎重に書き綴っていくことにする。

今の私に、記憶を記録する術がじゃん公しかないのだ。

こんな時間になってしまったし、コメントへの返礼もしてない。

ただ、本日読了した松山猛さんの本を読みながら、映画”パッチギ”の事、”イムジン河”の事に思いを巡らせてているうちに、なおみちゃんの事を何処かに書き記しておきたいという念にかられた。

続きを書くかどうかは解らない。

ご理解いただける方は、オヤジのつぶやきを焼酎酌み交わしながら聴いて下さいまし。

  

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2010年02月04日

劇団イヌヒトリ ナウ

劇団イヌヒトリは私のライフワークです。
  

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2010年02月04日

図書館デート

昨日は、御予約をいただいていたのでランチは営業。

意外と?忙しい営業の最中、クロネコさんから包みが届いた。

伊勢丹の包みに、もしや?と思う気持ちはあった。

差出人を見ると案の定”七尾和晃”さん。

昨年、あさちゃんのじゃん公内記事で話題になったルポライター七尾和晃さん御本人である。

あさちゃんの記事内でのコメントから「銀座の怪人」をご本人自ら私に贈ってくださった、という経緯がある。

奇跡のような話であったし、ブログが繋ぐご縁というものが、こんな形になるのだなあという事を周りのじゃん公ブロガーの方々と感動しあった。

私はと云えば、ブログ記事にて感想とお礼を述べたにすぎなかった。

しかも”ジュンクとの”に、近著である「炭鉱太郎の来た道」を中途半端に問い合わせ、そのまま。

それが新年、年始の葉書の中に、七尾さんからのものがあった。



恥ずかしかった。

きちんとお礼もせぬままに、しかも著書も頂いた本だけしか読んでない。

とりあえず、絶対に読むぞ!と心に誓い、催しの時期に合わせて、本当に心ばかりの花を会場に贈らせていただいた。

すると、七尾さんご本人から直接お礼の電話が掛かってきた。

拝見した柔和な表情とは違った、やや野太い声であった。

業界紙から新潮記者、そしてフリーランスとなってからの記事は、数え切れぬほどの人々との会話からの取材なのであろう。

逞しくも優しい声であった。

そして昨日の包みは、洋菓子の詰め合わせと供に、またしてもポストカードに直筆のお礼状。

どこまでもこんな方なのだ。

こんな方だからこそ、「炭鉱太郎が来た道」という傑作が生まれたのだ。

筑豊から高島という旧炭鉱地帯を一冊の”黒い手帳”を基に、もはやボタ山すらも風景を変えてしまった人々の遠い記憶を、残された語り部達を訪ね歩き記録を残していく。

ルポルタージュというその気の遠くなるような作業の中で、七尾さんは語り部の懐に飛び込み、胸襟を開かせる。

僅かばかりのご縁があった私とのやり取りに、七尾さんという方の確かなるお人柄をうかがい知る事ができた。

素晴らしい作家さんとの出会いを改めて”あさちゃん”に感謝。



ランチ終了後、矢も盾もたまらず、カミサンと県図書デート。

私は初訪問・・・ドキドキ・・・。

カードなんぞを作りました。

応対の女性は決して事務的ではなく、丁寧に説明していただきました。

途中、「図書館は初めてですか?」の問に、

「かれこれ40年ぶりです・・・ハハハ・・・」

「それではですね、この説明書にも書いてありますように・・・云々かんぬん・・・」

(スルーかよっ!)

私の彼女への思いっきりの笑顔が引きつっていたのを誰も知らない。

実際、高校時代の夏休みの学習室以来である。


七尾さんの作品は三冊所蔵されていた。

それぞれが、細目に分類された異なる棚にあった。

初心者には一苦労であったが、今回要領が解ったので、次回の図書館は楽しく過ごせそうである。

いや、図書館の方々は本当に親切で丁寧である。


「銀座の怪人」は贈呈本があったので棚に並んだ七尾和晃さんの名前を噛み締めながら、他の本を探す。

「堤義明 闇の帝国 西武グループの総帥はいかにして失墜したか」

「炭鉱太郎の来た道」

み~~っけた!!!

もう恋人に出会った感じ!

カミサンもいたけど・・・・

2冊プラス松山猛さんの本を抱えていそいそと帰りました。

大分県立図書館有難う!

磯崎さんさようならあ~・・・


昨日のうちに「炭鉱太郎・・・」読了。

「闇の帝国」もこの記事送ったら、2階で残りページを一気に読み上げよう。

感想はまたいずれ・・・。



追記・・・2枚目の画像の下段の写真は、あさちゃん記事へのコメント内にて発表されたアノ作品にまつわる写真と思われます。書店に並ぶ姿が待ち遠しいのですが・・・七尾さん!




  

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2010年02月02日

一枚の繪から



笹倉鉄平さんの「きよしこの夜」という289/295のシルクスクリーンの一枚。

現在、当店入り口に飾られている。

所有者は私ではない。

チエちゃんというカワイイ不思議ちゃんの所有物である。

某じゃん公ブロガーのペットちゃん?でもある彼女が、昨年のクリスマス前にパパスに似合いそうと、貸してくださった。

一目見た瞬間に、その絵の持つオーラに吸い込まれていった。

優しいタッチと色使い。

お店にあるコペンハーゲンのクリスマスプレートにも似た、ほっこりと心を包み込んでいくような雰囲気。

どなたが描かれたものやらも聞かずにいたし、クリスマスを過ぎ、松竹梅な心持になった頃、ゆかちゃんが、入り口にこの絵を移動した。

季節物の感は拭えなかったが、その暖かさは違和感なくお客様の心を捉えていたであろう。


それが先日Wちゃん親子が来店され、会計も済まされ、お互いに名残惜しい別れを告げた時に、この絵を見てひと言。

「あ、この教会行ってきたんですよ!」

(へっ?)

「母と一緒にクリスマスイブにここへ旅行してきました」

「えっ?ここって教会なんですか?」

「あの♪きよしこの夜♪の教会なんですよ。それは、ちっちゃな教会でしたけど、世界中から大勢の人が集まってここでイブの晩に歌ったんですよ」

ホテルまでのタクシーを暫く待たせていた為に、会話の中身もそこそこにお見送りをせねばならなかった。

お二人が帰られた後、なんだか凄いぞ、この絵って凄いんじゃないか?と思いつつ、ようやく今日になって、♪きよしこの夜♪の曰くからを検索。

遥かオーストリアの地にあるオーベルンドルフ教会であることが判明。

この歌が生まれたきっかけやらを、50年越しに知る事ができた。

そして、この絵の作者が笹倉鉄平さんであることも、笹倉鉄平さんという画家の存在も初めて知った。

笹倉さんが、東京での絵描きとしてのスタートなどをプロフィールで拝見した。

1954年生まれということは、ほぼ同世代。

我がポン友”M”が、大学卒業後、絵描きとしてやっていきたいと、就職もせずに活動を始めた頃を思い出した。

きっかけは、私にもあったのだが。

フリーランスで頑張った。

早々に、本の装丁画や挿絵をこなしつつ、望みは食う為の手段でなく、自身の表現としての絵を描くこと。

しかしながら、不本意であったが、十数年に及ぶイラストレーター業と絵画という世界での一本立ちに見切りをつけ大分に帰ってきた。

ひょっとすると、そこにあったものは僅かな差であったのかもしれない。

笹倉さんのご活躍は、今更であるが、眼を見張るばかりである。

”M”本人には、私が今日思うほどの頓着はなかろう。

彼自身の人生はそんなに悪くない。



「一枚の繪」・・・その感銘と、その絵にまつわる事から様々な思いが交錯した日であった。


  

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2010年02月01日

国民読書年

なのだそうである・・・へえ~っ・・・。

その為の予算は案の定、例の仕分けとやらで相当に減額。

まあ当然の成り行きなのであろうが、多額の予算をつけてまで、国民に読書を啓蒙するこたあない。

そんなもんは、小学校の先生が、自ら体験した読書の体験談を子供達に伝え、活字の持つ魅力を子供達に伝えりゃあ良いのだ。

(自らの子供達への教育は、残念ながら、ほっぽらかしてしまいました・・・現場で頑張っていらっしゃる先生方、ゴメンナサイ・・・)

そこには、眼に飛び込んでくる世界とは違う想像の世界があることを認識させる。

例えば、一冊のフィクションをテーマに、この主人公って、どんな俳優さんが良いと思う?と問う。

小学校も高学年になれば、「坊ちゃん」くらいは読むことは可能であろう・・・と、思われる・・・。

大抵の男の子は、「春日あ~!」などと、とんちんかんな答えを出してくるんだろうけれど。

しかし、文章の字ずらだけを追う苦痛よりも文章の中身を想像しながら読むという、ささやかな技術を子供達に伝えることによって、本を読むということの愉しさは、サッカーやゲームの愉しさと同じレベルに至るのではなかろうか。

大人たちは、せわしなき世情の中で、本なんか読んでられるかいっ!っていうのも真実。

だが、衰退していく紙文化の中でもベストセラーは生まれている。

捨てたもんじゃないのよ活字の魅力って。

現にこうしてブログは多くの人に読まれてるわけだし。

ただね、気になるのは電子書籍の普及。

新聞にも出ていたけれど、今後は飛躍的に伸びていきそうな雰囲気なのである。

これって、縦文字文化が衰退していくってことなんだろうか?

おっさん、50にして惑う・・・。


最近、”ジュンクとの”には申し訳ないが、ブックオフをちょくちょく覗く。

不思議な事に、ブックオフでは便意をもよおさない

コミックコーナーと違い、一般書籍のコーナーはガラガラ・・・。

そんな中、タイトルが気になって抜き取った単行本の表紙をめくると・・・



で、本は・・・



落書き?

んん~・・・まさかね・・・。

どんな経緯であったにせよ、¥400也で作者の思いの詰まった本が、ここに並んでいるのが寂しい。

無論、速攻買いました。

2006年刊行。

派遣社員という立場の女子が活躍?するエンターテイメント小説。

リーマンショック前や・・・。

文庫化されれば、結構売れるんではなかろうか?と思える内容でした。

作者のブログにも立ち寄らせていただきました。

なんとご主人は、現在TVにて放映中の「まっすぐな男」の脚本家でありました。・・・観てませんが・・・orz.

ああ、それってご本人の著作とは関係のない情報でしたが。


ともかくですよ!

活字、文章、から拡がっていく世界ってのが無限にあるんだ!ってな話しにまとめたい本日でありますが・・・まとまってない?





  

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2010年01月31日

霜降って地固まる

ウエディング&夜の通常営業終了。

ユカチャン、ユウスケ、お疲れ様。

有難う!

いい一日だった。

自己満足かもしれないけれど、つつがなく日を終え、ウイッツキーを舌に転がすと、全身が緩やかに弛緩していって、全ての世の中に有難う!って、手を合わせたくなってしまう。

・・・月末という言葉から逃げている現実もあるのだが・・・


さて、ウエディングは大変いい雰囲気の中で終了。

今回の目玉は、豊後牛のフィレを使ったローストビーフ。

無論、私の歌なんぞはこのお肉に比べりゃあカスみたいなものでございます。

ただ、告知をしておりませんでした。

皆様、淡々と召し上がっております。

お腹一杯で、手を付けられなかった方以外、見事に完食。

敢えて申しあげませんでした。

言いたいのはやまやまでしたが、(解って頂ける方は、きっといらっしゃる



鶴喰麓家~かくれやマスターや、某イタリアンの名店のブロガーさんも多分そうなのだろうけれど、本当にお客様の笑顔こそが、自らの仕事の結果と考えるふしがある。

後に原価計算をして、青ざめるのだけど・・・。

しか~し、こんな時代だからこそ、真っ当に、ストレートに、己の持つ物を飾らず伝えたい。

解ってもらえる・・・いや、そんな時代であってくれなきゃ、私はここから退場する。

徳俵の親指は踏ん張ってるぞっ!  

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2010年01月30日

♪あのやろこ~とあのあまこ~がライ麦ば~たけ~♪

日も変わり本日はウエディング。

仕込みも一段落したところで、とっとと寝なきゃね。

何となく慌ただしい営業ではあったが、松田君のギターライブは一発目が♪夜霧のしのび逢い♪

ギターのインスト曲で、我々の世代に知らない人はいないだろうと思われる名曲。

最近でこそ余り見かけなくなったが、この曲のプレイヤーでもあるクロード・チアリは一時期TVに出まくっていたから、日本在住の外人タレントとしては、イーデス・ハンソン(古い?)や、ジョーン・シェパードをも凌ぐ認知度ではなかったろうか。

ただ如何せんTVに出る時がバラエティー番組ばかりであった為に、ギタリストとしての認知度は怪しい。

レコード屋さんに頻繁に出入りするようになった中坊時代、LPコーナーにギターを抱えた裸のオネイサンのジャケがあったりして、必ず入っている曲が♪夜霧のしのび逢い♪

私的には、まだ立ち入ってはいけない禁断の曲であったような・・・なんのこっちゃ・・・。

松田君はこの曲の存在を知らなかったらしく、今回大人になった私の為に練習してきてくれた模様。

厨房にはフルートの音色しか聴こえなかったけど・・・。


ライブも終わった頃に、一組のお客様のテーブルへご挨拶に伺う。

昨年、マイミクフレンズとなったWちゃんと彼女のお母様がそれぞれ熊本、長崎から所用で来県に際して、わざわざ御来店くださった。

実はWちゃんは、ミクシー内の同窓会で知り合った北九州時代の小中の後輩。

短い時間、積もる話もそこそこになってしまったが、一気にン十年の時がタイムスリップしていく。

お元気でお美しいお母様は、なんと大分育ち。

上高が新制高校となっての3期生でいらしたそうな。

女子は全校で6名。

多分、女子が半分だったとしても注目されていただろうと思う。

一期一会という言葉が心に響く。

Wちゃんとは、いずれまた会えるだろうが、お母様は長崎在住。

近くて遠いな・・・。


さて、今宵のタイトル・・・。

ウエディングの控え室ともなる2階の片づけ中に、本を整理していたら、栞が挟まれたままの本があった。



昨年から数ページ読んでは読み詰まり、違う本に手を出し、その本を読み終えると、また数ページを繰り返し、ほっぽらかしになっていた。

そんな中のサリンジャーの訃報。

流石にこの時間から読むわけにはいかん。



追記・・・もう寝なきゃ!と思いつつ、このタイトルに♪誰かさんと誰かさんが麦畑♪を起想する人がいるかな?と思い、ドリフの麦畑の歌詞を検索。

ない!!!

何処にも♪あのやろこ~と あのあまこ~でいいんでな~いの~♪という歌詞がない!!!

私の記憶のハナウタは絶対にこの歌詞なのだ。

こんな時間からネット検索はご免だし、早く寝なきゃいかんし、でも引っ掛かるし・・・。

結論・・・多分TVで即興で加藤茶が歌詞を変えたものと判断。

相当に印象深かったのだろう。

そういうことにするっ!!!


  

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2010年01月29日

失神

過激なタイトルでごめんなさい。

昭和の時代に失神ブームが起こったことがあった。

勿論、下世話なマスコミが巻き起こしたブームだったのだけれど。

渦中にあったのは、オウランファンという女優さん(変換できない・・・)と、グループサウンズの末期に登場したオックス。

雰囲気は映画”パッチギ”の冒頭のシーンを観てね。


日本が戦後の復興から這い上がり、その少しばかりの余禄が、働くだけの社会から、余禄を文化として人々の中に浸透し始めた時代です。

なんとなく未来は明るいような気がしていた時代。

九ちゃんは、ちょっと前に「上を向いて歩こう」を歌っていたし。

やがて、つぎあてだらけのズボンはカッコ悪い時代になっていって、赤い旗は少しづつ人々の中に染み込んでいった時代。

世の中は”昭和元禄”と評されるようになっていった。

無論、それとてマスコミネーミングなのだけれども。

今や春闘などという言葉も死語となってしまったが、国民全体が賃金の上昇は当たり前で、生活の向上は・・・最もそこにあるのは物質だけなのだが・・・必然の論理として、資本主義経済を謳歌する日本の姿があった。

戦後の汎アメリカ主義・・・健全な資本主義でない・・・に、巻き込まれていく日本。

アメリカこそが世界だ!と、フルブライトで留学する貧しき日本人。


・・・やめた・・・夏夕介さんの死去報道で、頭の中がぐるんぐるん回ってしまった。

これ以上語るほどの勉強はしてない・・・。


夏夕介さんに合掌。


昭和元禄の時代に、後釜ということで、タイガースの岸部シローと同じ雰囲気で登場したが、オックス自体をTVが露出自粛していた為に、ノーマークな存在であったような気がする。

子供心に、キモイけど一番見たいグループではあった。

そんなオックスの動画を発見!









元歌?はストーンズの本当におとなしい名曲。

どうやって失神するんだよっ!




ここに映っているブライアン・ジョーンズの伝記的映画をレンタルで観ました。

ロックスターはこんなもん・・・ってな感想。

数多のロックスターは死してその功績を人々が思い起こす、みたいな雰囲気があるけれど、私の中のストーンズは”スティッキーフィンガーズ”以前と以降で、別物の存在感があり、しかも、リアルタイムな洋楽体験に於いて、ブライアンは、ジャケ世界の人。

シタールを持ったか・・・時代だったのよね・・・。



追記・・・夏夕介から飛躍して申し訳ないが、ブライアン・ジョーンズを調べてるうちに、C・W・ニコルさんが先輩であることが判明。

ご本人もブライアンを直接知っているらしい。

なんだか雰囲気結びつかないけれど、凄いね!


玉の湯の”ニコルズBAR”でストーンズ聴けるのだろうか?

誰か、泊まっちみて!



お会計に失神したりして・・・
  

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2010年01月26日

ありがとうございました!・・・礼っ!

昨日はじゃん公写真部?の新年会を当店で開催していただきました。

新年を迎えても、微風だに吹かないお店が一気に賑わい、久々の嬉しいドタバタ感を味わう事ができ感謝の思いの余り、角瓶が半分になってたのは確かにじゃん公の皆様のせいです・・・違うかっ・・・w

企画をしてくれた”だいちゃん”、そして、実は事前に参加者のネームプレートやら何やらと細々と準備してくれていた”つねぽん”、そして、「タローさん、デザートはいらないからね!」と、早々と意気込みをTELしてくれた”黄昏けんちゃん”、ありがとうございました。

そして何よりもこの企画に乗っかってくださった皆々様、本当にありがとうございました。

拙な料理、拙なサービスで心苦しくはありますが、タロウとのツーショットをお披露目した心意気に免じてお許しくださいませ。

また、どうやら熱もあったらしいイヌヒには、何時もの勝手で最後までこきつかわせてしまいました。

スマン!

同じブロガーである”ゆうすけ”には、”ゆかちゃん”不在の穴を余りある働きぶりで埋めてもらいました。

いつもながら、ありがとう!

参加の皆様には”ゆかちゃん”以外の女子がサービスを担当していることに驚かれたかもしれませんが、今回参加される方々の人数を確認するに及び、急遽、先日”だいちゃん”の日曜モデルにも登場した”タージー”にお手伝いいただきました。

"タージー”お疲れ様、ありがとう!

彼女は、大分の不良社会人バンド"ローリングネイルズ”の紅一点キーボードプレイヤーであります・・・(この時点で、この記事を見てパソコンに向かい「紅一点って!!!」と、鬼のような形相をした方の顔が思い浮かぶ。そしてニヤニヤとする”しんいち”と"とん吉”・・・嗚呼、大体に於いてこんな感じのバンドである)

本職はピアニスト。

なんとも不思議ちゃんではあります。

そんな魅力溢れる(どんな?)彼女の本職でもあるピアノプレイを近々パパスにてご堪能いただくべく準備中でございます。

日程等が決まり次第ご報告させていただきますので、お友達やご家族お誘い合わせの上でのご来店をお待ち申しあげております。

あ!・・・独身男子に限らず男共は財布のゼニは持ち込んでも、下心は持ち込まぬように!

  

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